★世界のヒスイ・ジェード文化

ジェダイトよりも産出量が多く、希少価値が低いとされるネフライトですが、実はネフライトも古代から世界中で価値ある・特別な意味を持つ石として扱われてきました。ここでは中国、ミャンマー、中央アメリカ、ニュージーランドの4つの地域において、ヒスイ(ジェード)がどのような意味を持ち、どのように愛されてきたのかをご紹介します。

中国

中国はネフライト(軟玉『白玉』)とジェダイト(硬玉)両方の歴史を持っています。紀元前1600年頃より、世界最古の宝石(玉)としてネフライトを扱ってから、約1200年間はネフライト文化が主流でした。17世紀後半(清王朝)の時代以降に、ジェダイト(硬玉)の存在が明らかになります。

中国のネフライト文化

1万年前の石器時代

中国の東北部で、透明度が高く硬い石を道具として扱う文化が発生しました。

紀元前1600年ごろ

黄河流域を支配した中国最古の殷王朝で、ネフライトを「自然のエネルギーを宿している霊石」として崇めるようになります。

紀元前400年以降

春秋戦国時代、中国の西域(現在の新疆ウイグル自治区)で純白のネフライトが発見されました。
この時代に活躍した思想家・哲学者であり、儒家の始祖でもある孔子は、この純白のネフライトを「玉」と名付けました。「天」と「人」と「地」の三つの世界をつなぐものとして、君子(徳の高い王)が持つのにふさわしいものとして白玉を称えたのです。玉を持つ者は、純白の玉の美しさと透明度の高さによって、君子として持ち得る五つの徳(仁・義・礼・智・信の心)が高まると信じられたそうです。

「和田玉」と呼ばれるネフライト
中国新疆ウイグル自治区で採取される「和田玉」と呼ばれるネフライト。
出典:ja.wikipedia

この頃から中国領土を支配した各王朝は、ネフライトの産地を領土として管理と採掘を執り行い、宮中に専門の玉器工場を設置しました。加工専門の職人を育成することに力を注ぎ、玉を使った装飾文化が花開きました。
加工しやすいネフライトの性質を活かし、緻密な工芸品や彫刻、宝飾品が数多く制作されました。白玉が最高位の宝玉である概念が、時代を経ても変わらない価値観として中国の中で根付いていきました。玉を持つことは権威と結びつき、最高のステータスや永遠の命までもが手に入ると、人々は信じていました。「史記」「韓非子」などの文献にも玉の描写は多く見られ、逸話も数限りなく存在します。完璧(壁=玉)の語源にもなった宝玉「和氏の壁」も、純白のネフライト製ではないかと考えられています。
さらに純白のネフライトは弔いの場にも使われました。当時の人々はネフライトの小片を金属糸などで繋いだ玉衣で貴人の遺体を覆いました。白玉には「死者をも蘇らせる生命の再生をもたらす力がある」と考えられていたのです。
時代を経て王朝が幾度となく変わっても、純白のネフライトの価値は揺るぎないものでした。小型の装飾品だけでなく、精密な彫刻を施した大型な芸術品など、ネフライトは中国全土で幅広く使われていきました。

中国のジェダイト文化

ジェダイトとの出会い

17世紀後半、ビルマ(現在のミャンマー)との交易をしていた中国人が、ビルマ産のジェダイトと出会いました。今までに見たこともない豊かな色彩をもったジェダイトに魅了され、大量に中国本土に持ち込みました。新しい玉石は、それまでのネフライト(白玉)との違いを明らかにするため、水辺に棲む小鳥のカワセミ(翡翠) の名をとって「翡翠玉」と呼ばれるようになりました。カワセミの緑色の羽、赤い腹部、鮮やかな青の背毛が、ジェダイトの緑・赤・青という特徴的な色と共通していたので、この名が自然とつけられたのでしょう。

翡翠(ジェダイト)の由来となったカワセミ
翡翠(ジェダイト)の由来となったカワセミ

カワセミは古代から神聖な鳥として崇められていました。光のように直線的に水面に降り立つ特徴的な飛び方が、まるで天から遣わされた者のようだと神聖視されていました。カワセミの名で呼ばれたジェダイトも、神聖な石として人々の心に刻み込まれていきました。

ネフライトに匹敵する人気となったジェダイト

特に清王朝では、鮮やかな透明度の高いグリーンが好まれました。宮廷の后妃たちに愛好され、西太后がジェダイトを特に好んだことは有名です。

全身にジェダイトの宝石を身に着ける西太后
全身にジェダイトの宝石を身に着ける西太后
出典:ja.wikipedia

何千年もの間培われたネフライトの加工技術が追い風となり、ジェダイトの発見に伴い、中国でのジェード(ヒスイ)文化はさらに発展しました。
広く民衆にもジェダイトが普及した近代の中国では、富裕層は正妻にジェダイトを贈り、第2夫人にはダイヤモンドを贈る風習があったそうです。ジェダイトの価値観が伺える風習の1つです。
2008年の北京オリンピックでは、メダルにヒスイの装飾が用いられました。

メダル
古代中国の翡翠の玉環がモチーフになった。出典:JOC

中国ではジェダイトは産出されていませんが、現在でもミャンマー産のジェダイトを輸入し、加工・販売をしています。

ミャンマー

翡翠の産出国として、よく知られているミャンマーですが、独自の文化はなく、翡翠産業を通して中国と密接に繋がっています。

ジェダイト(硬玉)が国内で発見

17世紀後半、現地に住み着いた華僑(中国人)の人々によって、ジェダイトが発見されたことをきっかけに、ジェダイトの本格的な採掘が始まりました。

中国との交易によるジェダイト産業の発展

19世紀後半から、インド帝国の属州という扱いで英国に植民地支配を受けましたが、イギリス人はカチン州のジェダイトには興味を示しませんでした。代わりに、すでにネフライト文化が発展していた華僑の人々が、採掘から運搬までの一切の権利を独占し販売を行っていました。
1948年にビルマ連邦共和国として独立後、1963年にはビルマ政府がジェダイトの採掘から販売までを国有化しました。その後、毎年外国人向けに、政府主催となってジェダイトの入札を行いましたが、1993年からは専売公社の運営に変わり、年2回のオークションが開かれています。
ミャンマーの輸出産業においてジェード(ヒスイ)は重要な役割を占めています。中国との経済的な結びつきも強く、ミャンマー産のジェードはほぼ中国の市場向けに販売されています。

中央アメリカ

メソアメリカ(中米)文明とは、北米大陸のメキシコ高原からユカタン半島一帯に存在した古代文明の総称です。時代によってオルメカ(紀元前1150~前800年ごろ)・マヤ(紀元前後から16世紀にかけて)・アステカ(1428年頃から1521年の約95年間)の3つの文化が代表とされる古代文明です。
石器を主要利器とした、極めて洗練された「石器の都市文明」を築いており、生活のあらゆる面で石を使用していたことが遺跡から確認されています。

死者の魂を再生・復活させる石として

メソアメリカ文明ではネフライトとジェダイトの両方を使用していた形跡があり、宗教的・装飾的な工芸文化をうかがわせる出土品が多数発見されています。ジェード(ヒスイ)は死者の魂を再生・復活させる力がある石として考えられており、死者の埋葬品としてよく扱われていました。首飾りや腕輪はもちろんのこと、ジェード(ヒスイ)製のマスク、両手にもヒスイを握らせ、口の中にもヒスイを含ませていました。死者の魂が迷わずに天国に向かうためのまじないの意味もあったのではないかと、推測されています。

死者の埋葬品として使われたジェード製のマスク
死者の埋葬品として使われたジェード製のマスク

病気を治し、痛みを和らげる石として

16世紀になるとヨーロッパからの新大陸開拓民たちが天然痘などの伝染病を持ち込んだために、メソアメリカ文明は滅びを迎えます。
現在のペルー周辺で、開拓民として新大陸に到着したスペイン人たちが出会ったインディオたちは、腰のあたりに扁平な緑色の石を吊り下げていました。ジェード(ヒスイ)を装飾品としてではなく、痛みを和らげる温石として使っていたのです。インディオたちは経験から、温めたジェードを患部に当てると痛みが和らぐことを学んでいました。まるで薬のように、ジェードを肌身離さず腰に吊り下げていたそうです。
後にスペイン人がそれらを本国に持ち帰り「腰につける石」と表現されたものがジェードの語源になったといわれています。

ニュージーランド

先祖や自然との繋がりを意味するモチーフとして

14世紀以降、イギリス入植以前にニュージーランドに住んでいた先住民のマオリ族によって、ネフライトを含む緑色の石を加工する文化が生まれました。マオリ語では「pounamu(ポウナム)=緑の石」と名付けられ、古くから神聖なるものとしてニュージーランドで扱われました。
マオリ族は文字を持たない民族です。そのためポウナムにさまざまなシンボルを彫り込み、聖なるタオンガ(宝)として大切に身につけました。タオンガが象徴するのは強さと永劫であり、首長の地位にある者が身に着けたと言われています。また争いを静めるために、和平の証として互いのタオンガを交換することもあったそうです。
タオンガは世代から世代へと受け継がれ、持ち主が変わる度に石に宿るマナ(威信)が増していく、と信じられています。そのためポウナムは大切な誰かへの贈り物として扱う価値観が残っています。
ポウナムには特徴的なデザインがあり、先祖や自然とのつながりを意味しています。強さや繁栄、愛情と調和など、マオリ族に根付いている感性を現代に伝えています。

※1997年以降、法改正や権利などの事情により、ニュージーランド産のネフライトは発掘が禁止されています。現在販売されているグリーン・ストーンは、全て法令以前に採掘された貴重なものです。

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