糸魚川翡翠工房こたきが扱う翡翠はどこで採れたものか、そのふるさとをご紹介します。
小滝川ヒスイ峡
(小滝川硬玉産地)
「小滝川ヒスイ峡」とも呼ばれる「小滝川硬玉産地」は、長野県北安曇郡から新潟県糸魚川市を流れる姫川の支流である小滝川の上流沿岸一帯を指します。自然公園にも指定されている一帯は、飛騨山脈の北部に位置する明星山の峡谷でもあり、堆積岩の石灰が押し固まり、切り立った岩肌がむき出しになっています。自然の雄大さや美しさを感じることのできる、まさに秘境です。
この一帯は昭和31年に国の天然記念物に指定され、翡翠を含む、すべての岩石が採取禁止とされています。(※1)
小滝川ヒスイ峡は、日本各地の遺跡から出土する翡翠製品の由来となった、歴史的に重要な発見場所でもあり、また糸魚川が「翡翠のふるさと」として認知されることになる、始まりの場所でもあります。
アクセス
- 車の場合
糸魚川ICから国道148号・県道483号経由で30分 - 電車の場合
JR小滝駅から徒歩60分
小滝川のエピソード
~歴史の狭間に隠された翡翠~
小滝川ヒスイ峡は、昭和14年(1939年)に東北大学教授・河野義礼(かわのよしのり)先生による現地調査によって、小滝川の河原に翡翠の岩塊が多数あることが科学的に確認されました。
この調査が行われたきっかけは、糸魚川市の偉人であり、童謡「春よ来い」の作詞者でもある相馬御風(そうまぎょふう)氏の一言です。一流の文学者でもある相馬氏は、地元である糸魚川に伝わる奴奈川姫伝説から「もしかしたら糸魚川には翡翠の産地があるのでは」と推測し、そのことが糸魚川翡翠の発見につながりました。しかし、この奇跡のような発見を相馬氏は公に発表することはなく、知人にも話さなかったと言います。古代から珍重されてきた翡翠が糸魚川にあるという発見は喜びをもたらしたはずなのに、相馬氏は黙して語りませんでした。
なぜ相馬氏は沈黙を保ったのでしょうか。
相馬氏の口を閉ざさせたのは、戦中戦後の混乱の時代が原因だったのではないかと考えられています。戦争中に公にすれば、戦意高揚の道具として糸魚川翡翠が使われてしまうかもしれません。また、戦後の混乱した世の中では、価値の高い糸魚川翡翠が進駐軍に没収されたり盗掘されたりする恐れがあります。そのような事態から、この美しい翡翠とヒスイ峡の存在を黙すことで守ろうとしたのかもしれません。
翡翠は歴史の中で幾度となく姿を現し、そして突然消える時期がありました。
はっきりとした理由もなく、突然姿を消すのです。
もしかしたら相馬氏のように、糸魚川翡翠の価値を理解できる人の手に届けるため、あるいは守るために、敢えて語らなかった人々の存在が歴史の中に埋もれているのかもしれません。
青海川ヒスイ峡
(青海川硬玉産地)
新潟県糸魚川市を流れる青海川の上流・黒姫山の麓に青海川ヒスイ峡(別名:青海川硬玉産地)はあります。青海川上流の河床には蛇紋岩の大露頭がみられ、これに沿って糸魚川翡翠の原石が点在しています。良質の翡翠が形成される場所には、必ずといっていいほど蛇紋岩の存在が確認されています。青海川ヒスイ峡は、小滝川ヒスイ峡と共に学術的にもきわめて価値の高い場所です。
この青海川産の翡翠の特徴は、緑色のものや美しいラベンダー色をしており、縞状の構造が見られ、小滝川産のものとは違った表情をみせてくれます。
出典:国土地理院ウェブサイト(https://www.web-gis.jp/GS_Kigan100/html/Kigan100_033.html)
昭和32年に国の天然記念物に指定され、翡翠を含む、すべての岩石が採取禁止されています。(※2)
アクセス
親不知ICから国道8号、県道155号経由 車で30分 (中型バスまで通行可)
ヒスイ海岸
(宮崎・境海岸)
新潟県との県境である富山県朝日町のヒスイ海岸は、幅100m・東西約4kmに渡って広がる砂利浜の海岸です。美しいエメラルドグリーンの自然海岸で「日本の渚百選」「快水浴場百選」に選ばれています。
国内ではじめて古墳時代の勾玉工房跡「浜山玉つくり遺跡」が朝日町で発見されました。この遺跡が日本の翡翠文化を解き明かすスタート地点となり、発掘調査団がこの海岸一帯を「ヒスイ海岸」と命名しました。
新潟県の親不知海岸から朝日町のヒスイ海岸(宮崎海岸)までの一帯は、糸魚川翡翠の原石が拾える海岸として、鉱物ファン・翡翠ファンのあこがれの地です。海岸一帯の石群は宝石のように、日本海に沈む夕日にキラキラと反射します。
アクセス
あいの風とやま鉄道越中宮崎駅から徒歩約1分
北陸自動車道朝日ICから車で約10分
※1 1956年6月29日天然記念物指定
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/401/863
※2 1957年2月22日天然記念物指定
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/401/864